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小社主催の「サッカー本大賞」では、4名の選考委員がその年に発売されたサッカー関連書(漫画をのぞく)を対象に受賞作品を選定。選考委員の一人でもあるフランス文化研究者、作家、文芸批評家の陣野俊史氏にサッカーにまつわるあれやこれやに思いを巡らせてもらう連載「ゲームの外側」第9回は、チャンピオンズリーグについて。PSGの初優勝とエムバペについて巡らせます。
(文:陣野俊史)
ネイマールが去り、メッシがいなくなり、そしてついにエムバペが首都を旅立ってから、PSGは優勝を果たしたのだ

【写真:Getty Images】
チャンピオンズリーグ決勝の朝、この文章を書いている。
結果はみなさんご存知のとおり、PSGの圧勝。
どこか歯車の合わない感じのインテルに対して、自在にポジションを変えながら、ひたすら走り続けるPSGの選手たち。
その象徴がデンベレだろう。あんなに走り回り、ボールを追いかけ、ボールを持っていないときでもつねにインテル守備陣に圧力をかけ続けるデンベレを見たことがない。
フランス代表のデンベレとは別人格なのか……。
というか、この連載は「ゲームの外側」なので、ゲームそのものの内側にはほぼ関心はないのだが、眠い頭で文章を書こうとすると、どうしてもたったいま終わったばかりのチャンピオンズリーグ決勝に思いがいたってしまう。
そうか、PSGは初優勝だったな、と妙な感慨も。
数日前からじつはPSGの公式サイトからやたらとGagnantなる文字がメールで届いていた。
Gagnantは「勝利者」くらいの意味か。
文字どおりならgagnerが勝利する、勝つという意味の動詞なので、その現在分詞「勝っている」「勝ちながら」といった意味だろうが、いやはやともかくも、PSGにとって勝利、すなわちCL優勝は悲願だった。
なにがなんでも「勝つ」みたいな気迫はとにかくすごかった。
どうして、PSGサポーターでもない私のところにPSGの公式サイトからメールが届くのかというと、数年前、あれはたしかネイマールのホームデビュー戦をパルク・デ・プランスで観たことがあり、そのとき、チケットをPSGの公式サイトで買った記憶があり、そこから定期的に「お知らせ」が届く設定になっているみたいだ……。
今年のPSGは強かった。国内のリーグでも無敵だった。
ただ、無敵な感じはもちろん最初から備わっていたわけではなくて、徐々に時間をかけてチームが育ってきたという感じの強さだった。
ルイス・エンリケ監督の手腕もあるだろうが、そのあたりの戦術分析は、私の任ではない。
私にとって最大の関心事、それはキリアン・エムバペである。
今朝のCL決勝でパリが勝利することは、結果的にエムバペ不要論を証明してしまうことを意味する。
エムバペは2023―24シーズンまでPSGに在籍した。
つまり、パリにとって、エムバペがいなくなって初めてのCLが今回だったわけだ。口の悪い言い方をすれば、「いなくなったから優勝できた」ともみえる。
エムバペだけではない。PSGには輝くスター選手が複数在籍したが、誰の時代もCLで優勝したことはなかった。
ネイマールが去り、メッシがいなくなり、そしてついにエムバペが首都を旅立ってから、PSGは優勝を果たしたのだ。
この優勝は有名性の否定につながる、と即断したいわけではない。
誰が考えても、ビッグスリー不在のなか、チームはよくまとまり、結束し、有名な選手(もちろん、いまのPSGの選手たちも十分な「有名」選手ではある)がいなくても優勝したのだ(伸び盛りのFWドゥエがその象徴だろうか)。
仕事で『エムバペ革命』(仮題)という本を読んでいる、と数回前にこの連載で私は書いた。
興味深いのは、この本の原著の刊行が2024年1月、ということだ。
2022年あたりから、エムバペのレアル・マドリード移籍は確実視されていて、どちらかというと、その遅延のほうが取りざたされた。
どうして、エムバペはレアルへの移籍を遅らせているのか、ということ。俗説はいっぱいあった。
そのひとつが、フランス代表として(そして、オーバーエイジ枠で)パリ五輪に参加することが決まっているので、2024年夏までは移籍できない、という説。
だがじっさいには夏前にはレアルへの移籍を発表し、パリ五輪には参加しなかった(できなかった)。その本のなかでは、この説は有力な根拠として紹介されている。
事実とは違ってしまったな、と私は少し著者のことを気の毒に思っていた。
サッカー本で近未来のことを書くのは勇気がいる。というよりも、サッカーをめぐっては、現実の動きを予測で捉えることなんてできないんだな、と私は思った。
エムバペの移籍1年目の成績は悪くなかったと思う。個人的な感想だが。ゴール数もまずまず。チームへの貢献もした。
だが、タイトルが獲れなかった。
このことがエムバペの評価の低下につながっている。
国内のリーグはもとより、今回からレギュレーションの変わったCLでは、ベスト16こそなんとかアトレティコを振り切ったものの、アーセナルに大敗して(この負け方はよくなかった)ベスト8どまりだった。
くだんの『エムバペ革命』を書いた著者は、別の箇所でレアルの今季の不調を、ほぼエムバペの所為にしている。
ちょっとかわいそうかな、とも思うが、サッカーの世界とはそういうものだとも感じる。成功も失敗も原因は一元化され、単純化される。
それともうひとつ。エムバペが「もの言う選手」だという点も彼への圧力を強めている。
エムバペは可能な限り社会問題についてSNSで言及してきた選手だ。例外的ともいえるほど、社会の動きに配慮してきた。
言葉を選んでも、そうした態度はアンチを刺激する。
曰く、サッカー選手なのだからボールだけ蹴っていればいいのに、と。
エムバペは抵抗勢力を、ゴールを決めたり、タイトルを獲得することで黙らせてきた。
だから、今シーズンのレアルの成績では黙らせることは難しい。そうなるだろうと思う。
そこが気がかりだし、今回のCLの決勝の結果も後押ししそうだ。やれやれ。
今朝の、フランスのスポーツ紙『レキップ』の一面はこうだ。
Ici, C’est paradis! (ここが天国だ!)
これはPSGのサポーターたちが叫ぶフレーズ、
Ici, C’est Paris! (ここがパリだ!)
を踏まえた表現。PSGサポーターのみなさん、おめでとう。でも、エムバペがいなくなったから優勝できた、とは(やはり)私には思えない。
そもそも何かの不在が勝利の原因というのは、あまりにネガティヴな捉え方ではないかな、と思っている。
(文:陣野俊史)
陣野俊史(じんの・としふみ)
1961年生まれ、長崎県長崎市出身。フランス文化研究者、作家、文芸批評家。サッカーに関する著書に、『フットボール・エクスプロージョン!』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)、『サッカーと人種差別』(文春新書)、『ジダン研究』(カンゼン)、共訳書に『ジダン』(白水社)、『フーリガンの社会学』(文庫クセジュ)がある。その他のジャンルの著書に、『じゃがたら』『ヒップホップ・ジャパン』『渋さ知らズ』『フランス暴動』『ザ・ブルーハーツ』『テロルの伝説 桐山襲烈伝』『泥海』(以上、河出書房新社)、『戦争へ、文学へ』(集英社)、『魂の声をあげる 現代史としてのラップ・フランセ』(アプレミディ)など。
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【了】